非自発的な記憶――石畳の感触やスプーンの光が、過去を鮮烈に呼び覚ます。
人生の意味も、愛の謎も、時間を超えて再発見される。
記憶の中にこそ真実があり、失われた時を永遠にとどめるのが文学である。
一人ひとりに、それぞれの人生がある。
それは文章や記録、物語の形では残らないかもしれない。
だが、それを記憶し、思い出として保持できるのは、その人自身しかいない。
あの時、あんなことがあった。あんなことをした。
こんなことを考え、感じた――。
マルセル・プルーストは、愛の醜さや苦しさを繰り返し描いた。
愛は時に、人の心を醜くさせる。
人間の心理にもまた、醜い側面がある。
人は通俗的であり、俗物的であり、そして時に利己的でもある。
人生の時間は、クロノスのもとに直線的に流れていく。
しかし、普段は忘れている過去の出来事が、
あるきっかけによって、時空を超えて突然、現在に甦ることがある。
失われた時を再現する力――それが記憶である。
もしも過去を現在に蘇らせることができたなら、
それは「失われた時」を、いまに再び生かすことにほかならない。
自分の人生を思い出し、いまの自分の中に存在させる。
それこそが、各自に課せられた務めなのではないだろうか。
一人ひとりの人生は、確かに存在し、唯一無二で、かけがえがない。
その人生で起こったこと、考えたこと、感じたことを思い出せるのは、
その人だけである。
文学論はさておき、プルーストが伝えたかったのは、こうではないだろうか。
――失われた時間は、記憶によって再び現れる。
自分の人生を本当に知っているのは、自分自身だけである。
その人生を、自分が振り返らずに、誰が振り返るのか。
「失われた時を求めて」。
自分の人生を、もう一度甦らせてみませんか。
プルーストは、そう語りかけているように思われる。