個人的には、仕事をする必要がなければしないので、このトピックについて考えるのは不適切かもしれない。しかし、同世代の前期高齢者が仕事を続けることにかなりこだわっているように感じられるため、前期高齢者の仕事について考えてみた。
同窓会などの近況報告では、ほとんどの人が、まだ仕事をしているかどうか、定年はいつか、どんな状況で仕事をしているかといった話題から始める。近況報告なのだから当然ではあるが、より良い条件で仕事を続けている人は少し誇らしげで、そうでない人は少しきまり悪そうに話す。
生活に余裕がなければ、もちろん仕事をすることになる。しかし、年金や貯金などによって、必ずしも仕事をしなくても生活できるにもかかわらず、できるだけ長く仕事を続けようとする前期高齢者が多いと感じる。これはどういうことなのだろうか。
まず考えられるのは、そこそこの生活はできても、もう少し贅沢がしたい、あるいは、100歳まで生きると考えると不安がある、という理由だろう。また、仕事そのものが好きで、仕事が趣味と言える人たちもいる。これらは理解しやすい。
さらに、仕事をすることで安らぎを覚える、自尊心や自負心が高まる、能力を発揮したい、自分の存在価値を感じられる、社会生活が維持できる、他世代との交流がある、若返りや老化防止になる、健康のため、社会貢献のため、などと考える人もいるだろう。
しかし、それだけではないようにも思える。合理的な理屈や具体的な動機からではなく、ただ本能的に働きたい人たちもいるのではないか。仕事をしないことに、何となく罪悪感を覚える人が一定数いるように感じられる。これは、「本能的」と言ってよいのではないか。
「本能的」に働こうとする人たちが、少なからず存在するのではないかと思う。本能とは、ヒトとして生まれながらに持っているものだとすれば、仕事をすることも、そのひとつと言えるだろう。
私はというと、繰り返しになるが、働かなくて済むのなら働かない派だ。自尊心や自負心は低いし、社会生活や健康、若い世代との交流などは、労働とは別の形で得ようと思っている。私などは少数派なのだろう。
同窓会には、新型コロナ流行後、出席していない。