パースで考えた、三島由紀夫 −−ナルシスの死

大学時代、「三島由紀夫読本」のような本の中で、三島由紀夫の死を「ナルシスの死」と表現した評論を読んだ記憶がある。

評論の詳しい内容も、評論家の名前も、今となっては覚えていない。

しかし、「ナルシスの死」という言葉だけは、長いあいだ私の中に残っていた。

そしてなぜか、オーストラリアのパースに滞在しているとき、再びこの言葉について考え始めた。

三島由紀夫は、ナルシストだったのではないか。

ここでいうナルシストとは、単に自分の容姿を愛し、他人から褒められたがる人という意味ではない。

もっと徹底した、自分という存在そのものへの執着である。

三島には強い自己顕示欲があったと思う。しかし、それは富や贅沢を見せびらかす種類のものではなかった。

美の自己顕示だった。

美しい自分でありたい。
かっこいい自分でありたい。
醜い自分、弱い自分、無様な自分を晒したくない。

その対象は外見だけではない。

文学、思想、肉体、行動、生き方まで含めて、「三島由紀夫」という存在そのものを美しくしたかったのではないか。

だから、ボディビルによる肉体改造も単なる趣味とは思えない。

三島にとって肉体は、自分自身を造形するもう一つの作品だった。

しかし、ここで一つ疑問が出てくる。

普通の自己顕示欲には、観客が必要である。

人に見てもらいたい。
評価してもらいたい。
羨望されたい。

三島にも当然、そうした欲望はあっただろう。

しかし、それだけでは説明できない。

三島にとって究極の観客は、三島自身だったのではないか。

自分で自分に顕示する。

他人が理解しなくても、自分自身が「これこそ三島由紀夫だ」と認めることができればいい。

そう考えると、神話のナルキッソスに近づいていく。

ナルキッソスは、他人から称賛される自分を愛したのではない。水面に映った自分自身の像に魅了された。

三島もまた、自分が創り上げた「三島由紀夫」という像を見つめ続けた人だったのではないか。

そして、ここから彼の死が見えてくる。

三島は1970年11月25日、45歳で自死した。

その日、『豊饒の海』第四巻『天人五衰』の最終回原稿も編集者に渡された。

作家としての巨大な仕事には、一つの区切りがついた。

そして45歳の肉体は、まだ鍛えられている。

だが、この先には老いがある。

肉体は衰える。
容貌も変わる。
文学者として、いつまでも最高傑作を書き続けられるとは限らない。
思想も時代から取り残されるかもしれない。

何より、自分自身が創り上げてきた「三島由紀夫」という像と、現実の自分との距離が次第に開いていく。

三島は、それに耐えられなかったのではないか。

もちろん、これは歴史的事実として断定できることではない。

あくまで一つの文学的な読みである。

しかし、そう考えると、あの死には不思議なほどの一貫性が見えてくる。

衰えた自分を見せない。

他人に見せないだけではない。

自分自身にも見せない。

そのためには、自分が最も完成しているところで時間を止めればいい。

死によって、「三島由紀夫」という像を固定する。

そう考えると、彼の最後の作品は『豊饒の海』だけではなかったことになる。

三島由紀夫自身が、最後の作品だった。

文学によって自己を造り、肉体を鍛えて自己を造り、写真によって自己を像にし、思想によって自己を規定し、行動によって自己を演じる。

そして最後には、死そのものを作品の一部にしてしまう。

市ヶ谷での自決については、右翼、軍国主義、天皇、国防、自衛隊といった政治的文脈から語られることが多い。

それは当然である。三島の政治思想を無視することはできない。

しかし、政治だけであの行動を理解しようとすると、どうしても奇妙さが残る。

政治的行動として考えれば、あまりに非現実的だからである。

自衛隊員に決起を呼びかけ、本当に政治を動かそうとしたのであれば、その方法はほとんど効果を持たなかった。

政治として見れば、失敗である。

場合によっては、滑稽ですらある。

ところが、表現として見ると、突然、恐ろしいほどの鋭さを帯びる。

市ヶ谷という舞台。
楯の会の制服。
バルコニーからの演説。
自衛隊員という観客。
そして切腹。

偶然起きた出来事ではない。

構成された行動である。

ならば、こう言ってもいい。

作・演出・主演 三島由紀夫。

ただし、これは劇ではない。

映画でもない。

リアリティー番組ですらない。

リアルである。

通常の芸術なら、作品と作者との間には最後の境界が残る。

小説家が死を書いても、小説家自身は生きている。
俳優が舞台で死んでも、幕が下りれば立ち上がる。

三島は、その最後の安全装置まで外してしまった。

死を表現したのではない。死そのものを表現にした。

政治思想は本物だったのだろう。

しかし同時に、天皇、国防、武士、肉体、行動といったものすべてが、「三島由紀夫」という最後の作品を構成する素材にもなったのではないか。

普通の政治家なら、理解されなければ失敗である。

しかし、表現者は違う。

理解されなくても、作品が残ればいい。

あるいはもっと三島的に言えば、他人に理解されることより、自分自身の美学を裏切らないことの方が重要だったのではないか。

そこで、再び「ナルシス」に戻る。

自分が自分を見る。
自分が自分を評価する。
自分が創った「三島由紀夫」という像に、現実の自分を一致させる。

自己を、自己に顕示する。

そして、老いによってその像が崩れる前に、自ら時間を止める。

三島由紀夫は、死によって突然作品になったのではない。

文学、肉体、思想、行動によって長い時間をかけて制作してきた「三島由紀夫」という作品に、

死という最後の一筆を入れた。

見る自分と、見られる自分。
作者と作品。
演出家と主演者。

それらが最後に一つになる。

それが、パースで考えた、

「三島由紀夫――ナルシスの死」

である。