はじめに念のために述べておくと、個人的には学歴至上主義どころか、学歴偏重主義でもない。学歴や有名校で人を評価することには、ほとんど関心がない。その人次第だと思っている。
今回、東大・京大はベンチマークとして、あるいは理解の一助として用いている。
1940年代末(団塊の世代)、日本の年間出生数は約270万人だった。2000年代半ば(2025年の大学受験世代)は約110万人。出生数は4割程度にまで減っている。
一方、東大・京大の入学者数を1968年頃と2025年で比べると、東大は3,063人から3,122人と大きくは変わっていない。京大は2,501人から2,918人へ、417人増えている。
これだけですべての大学を語ることはできないが、大学をめぐる選抜環境が大きく変化したことを考える一つのベンチマークにはなる。
かつて大学進学率は低かった。しかし、同世代人口は多く、限られた大学の席を多数の若者が争った。そのため、人口に対する選抜圧力は現在よりはるかに強かったと考えられる。
人口が多く、席が少なければ、わずかな点数差でも人を選別しなければならない。その競争の一部は、社会で必要な能力を測るというより、限られた席を配分するための「競争のための競争」だった可能性もある。
また、入試制度や出題内容も変化し、求められる能力も変わってきたと考えられる。東大・京大などの難関国立大学は、現在でも幅広い教科の学力を求める総合力型の性格が強い。それは、科目を絞った入試や推薦・総合型選抜など、特定の能力、経験、実績を評価する選抜法を否定するものではない。「総合力型」と「一芸型」のどちらが良いか悪いか、という問題ではない。
そのうえで、私が言いたいことは二つある。
一つは、昔の東大・京大生と現在の東大・京大生を、まったく同じ母集団、同じ選抜環境から選ばれた学生だと考えない方がよいだろう、ということだ。まして「大学生」という大きな括りなら、そのプロファイルはさらに大きく変化している。
いうまでもなく、それは昔と今のどちらが優秀か、という話ではない。団塊の世代の選抜の圧が比較になららいほど強かった。その強い選抜圧力は難関大学だけにとどまらず、いわばトリクルダウンして他の大学へ、さらには進学を断念した人にまで及んだと思われる。誤解を恐れずに言えば、そこで選ばれた人たちが本当に「エリート」だったかどうかはともかく、そこに至る選抜は、今とは比べものにならないほど熾烈だった。
そしてもう一つ、さらに大切なのは、最高学府の先だということ。
教育を受けている間に、できれば早いうちに、自分は将来どんな社会人になりたいのか、どんな仕事をしたいのかを考える。自分が正しいと思うこと、本当にやりたいことは何なのかを見極め、そのためにはどんな教育を受け、何を身につける必要があるのかを考える。そのうえで、教育を選択することこそが重要だと思う。
大学の名前や「難関かどうか」は、手段の一つにすぎない。
生まれる時や場所は選べない。 しかし、どんな教育を受けるかは、自分で選べる可能性がある。
