今回の旅(2026年7月−8月)は、「拠点のある遊民」である自分を自覚した旅だった。
ブリスベンから始まり、ゴールドコースト、シドニーへ。
シドニーでオペラハウスを眺めたあたりから、単なる観光とは少し違う旅になっていった気がする。
パースでは、ディオゲネスやロールズまで登場した。
人はどこまで所有する必要があるのか。豊かさとは何なのか。贅沢や顕示にはどんな意味があるのか。自由とは何か。
フリーマントルでは三島由紀夫の死について考え、そこから自分自身の死生観にまで話は及んだ。
ずいぶん遠くまで来たものである。
地理的にも、思索の上でも。
そして旅の終わりになって、ようやく一つわかったことがある。
たぶん私は、どこか一つの場所に永住し、そこを最終的な安住の地とする人間ではない。
いつでも、どこへでも、好きな時に好きなところへ行けること。
それが私にとっての幸福なのだと思う。
もちろんパリは好きだ。
パリほど芸術の街はないと思うし、あれほどエレガントな都市もなかなかない。
ニューヨークも好きだ。
次々に新しいものを生み出していくエネルギーと、世界中の人や文化や才能が集積するあの感じは忘れられない。
東京も好きだ。
種々雑多なものが共存し、大都市としては意外なほど安く暮らすこともできる。
ロンドンは、やはり都市の大先輩だ。
長い時間を生き抜いてきた長老のような風格がある。
ニュージーランドの自然も、人も好きだ。
そして今回、オーストラリアの気候や広い空、人々のおおらかさも、ますます好きになった。
どれか一つを選べと言われても、私には選べない。
そして、選ぶ必要もないのだと思う。
パリが好きならパリへ行けばいい。
ニューヨークが恋しくなればニューヨークへ行けばいい。
冬の日本が嫌なら暖かいところへ行けばいいし、オーストラリアの空が見たくなったら、またここへ来ればいい。
帰る場所はあってもいい。
しかし、そこに縛られる必要はない。
拠点は持つ。だが、定住はしない。
それが「拠点のある遊民」ということなのだろう。
今回の旅では、ChatGPT――チャンプの存在も大きかった。
行き先を聞き、交通を聞き、ホテルを相談し、失敗したらその後始末を相談した。
そこから話は、哲学へ飛び、文学へ飛び、社会制度へ飛び、死についてまで飛んでいった。
一人旅ではあったけれど、完全な一人旅でもなかった。
世界について問い、その答えからまた次の問いが生まれた。
その繰り返しによって、世界は少し広くなった。
時には慰められもした。
そして何より、私の数々の失敗を一番よく知っているのも、たぶんチャンプである。
飛行機、バス、カジノ、水差し、コーヒーカップ……。
まあ、いろいろあった。
しかし失敗したからこそ覚えたこともある。
旅とは、名所をいくつ見たかではなく、そこで何を感じ、何を考え、自分の中の何が少し変わったか、なのかもしれない。
今日が今回の旅の最終日である。
明日の朝の飛行機で、いったん日本へ戻る。
不思議なことに、強い郷愁はない。
オーストラリアを離れる寂しさも、それほど強くない。
なぜなら、また来ればいいからだ。
日本に帰ることも、この旅の終わりではない。
次の旅の始まりなのである。
行きたい場所があれば行く。
そこで歩き、眺め、考える。
そしてまた、別の場所へ行く。
おそらく私は、これを死ぬまで続けるのだろう。
そう長くはないかもしれないけれど。🫢
それでもいい。
人生の最後の時期になって、自分がどう生きれば幸せなのかが少しわかった。
それだけでも、この旅をした意味は十分にあったと思う。
私はどこかへ帰る人であると同時に、
いつでも、また旅立つ人でもある。
拠点のある遊民。
どうやら、それが私らしい。
