シドニーのホテル、バリュースイーツの近くに、フェラーリ&マセラッティのショールームがあった。
前を通った時、やっぱりスポーツカーはいいな、と思った。
そして同時に、妙なことに気づいた。
私はもう、「いつか、こういう車に乗りたい」とは思わなくなっている。
理由は二つある。
まず、運転技術がない。
いくらいい車を持っても、乗りこなせなければ宝の持ち腐れである。
アマルティア・センのケイパビリティ・アプローチの例としては、あまりに卑近だが。😆
フェラーリに乗って、安全運転でスーパーへ買い物に行っても仕方がない。🥲
もう一つは、年齢である。
今からフェラーリやマセラッティを持って、どうするのだ。
運転手付きにするのか。🥲
買えるか買えないか、という話ではない。
もちろん、それもある。😆
いつの間にか、自分の人生の選択肢から外れてしまったものがある。
そのことに気づいたのである。
若い頃なら、実現するかどうかはともかく、「いつか」という言葉をつけることができた。
いつかスポーツカーに乗る。
いつか世界を回る。
いつか好きなことをする。
歳を取ると、その「いつか」のいくつかが、静かに消えていく。
それは少し寂しい。
しかし一方で、消えずに残った「いつか」もある。
旅をすること。
知らない街を歩くこと。
人と出会うこと。
考えること。
スポーツカーには乗れなくても、まだ行ける場所はある。
会える人はいる。
シドニーの街角でフェラーリの勇姿を眺めながら、そんなことを考えた。
シドニー効果。
ほんとうに、この街では考えがあちこちへ飛ぶ。
(お前の頭がな!)
