映画『PLAN 75』(早川千絵監督)は、75歳以上の高齢者が自ら生死を選択できる制度を描いた作品だった。
現実には、近い将来このような制度が導入されるとは考えにくい。
しかし、自分の人生の終わりについて考えているうちに、別のことに気づいた。
人は一人では終われない。
一人暮らしはできる。
一人旅もできる。
一人で映画を見て、本を読んで、生きることもできる。
私自身、そのように生きてきた部分がある。
しかし、人生の終わりを考えると話は変わる。
判断能力が低下したらどうするのか。
入院したらどうするのか。
亡くなった後の手続きはどうするのか。
準備できることはある。
遺言書を書くこともできる。
財産を整理することもできる。
エンディングノートを残すこともできる。
だが、最後は誰かの力が必要になる。
ここに、少し皮肉なものを感じる。
私はできるだけ自分のことは自分で決めたいと思っている。誰かに依存することなく、自由に生きたいとも思っている。
しかし、自分らしく人生を終えるためには、誰かの力を借りなければならない。
自立して生きることと、誰にも頼らず生きることは、同じではないのだろう。
むしろ、自分で生き方を選びたいからこそ、自分ができなくなったときに誰に託すのかを、元気なうちに選んでおく必要がある。
一人で生きることはできる。 しかし、一人では終われない。
この映画のような制度の実現性は低いと感じるそばから、最後に頼れる人の必要性が色濃く炙り出された。
これもまた、私にとっての「終活」なのだと思う。
